アガベの中でも不動の主役として君臨し続けているのがアガベ・チタノタ(Agave titanota)です。
- 分類:キジカクシ科リュウゼツラン属
- 学名:Agave titanota(アガベ・チタノタ)
- 自生地:メキシコのオアハカ州などの岩層地帯
しかし、私たちが長年「チタノタ」と呼んで魅了されてきた陰には、もうひとつの主役「アガベ・オテロイ(Agave oteroi)」との、30年以上にわたる「すり替わり」と「歴史的錯綜」が存在していました。
チタノタとオテロイの関係
園芸市場を理解する上で、アガベ・チタノタとアガベ・オテロイとの関係を知っておくことは大切です。
長年「チタノタ」や「FO-076」として流通していたものの中には、植物学的にはチタノタではなく別の品種も含まれているのではないかと言われていました。
チタノタにはRancho tambor(ランチョタンバー)とSierra mixteca(シエラミクステカ)という分類があります。この分類名は採取した地名に由来しており、どちらもチタノタで統一されていました。
ところが2019年、これまでチタノタのバリエーションとされていたシエラミクステカのグループが「アガベ・オテロイ」として正式に記載されました。これによりチタノタとオテロイの2種に分類されることになったのです。
- ランチョタンバー(Rancho tambor)=チタノタ
- シエラミクステカ(Sierra Mixteca)=オテロイ
2種を見分けるなら、本来のチタノタ(純血チタノタ)は葉色が白粉を帯びたようにやや青白く、鋸歯が比較的おとなしめで一列に並んでいる上品なイメージを持つタイプです。
一方、現在ブームの中心ともいえる、「チタノタ FO-076」などを代表とするオテロイに分類されたグループは、強烈でうねるような鋸歯を持ち、個体変異が激しくワイルドな姿に育つのが特徴です。
このように植物学的には区別されましたが、園芸の世界では今でもこれら一連のグループを総称してチタノタと呼ぶことが一般的です。
今回はこの混乱と魅惑の歴史を、もう少し詳しく書いていきたいと思いますので、お付き合いください。
チタノタとオテロイの原点と発見
チタノタのはじまり
では、本物のチタノタ(純血チタノタ)とは、一体どのような姿をしたアガベなのでしょうか。時を1982年まで戻してみることにしましょう。
アガベの父として知られる植物学者、ハワード・スコット・ジェントリー(Howard Scott Gentry)博士は、メキシコ・オアハカ州の峡谷地帯(バッカ・デ・ブラボ近郊)で採集した標本を元に、新しいアガベを記載しました。
これが学名「Agave titanota(アガベ・チタノタ)」の始まりです。
ジェントリー博士が基準(タイプ標本)とした原点のチタノタは、今私たちがよく目にする緑肌でゴツゴツとした姿ではなく、白粉をまとい青みがかった葉を持ち、きれいに揃ったトゲを広げるアガベだったのです。
- オアハカ州の限られた地域のみで自生している。
- 白粉をまとったような青白い葉(パウダリーブルー)を持っている。
- 激しく乱れず整った鋸歯がある。
- シャープで上品さを感じるロゼット姿である。
このように本来のチタノタは気品のあるアガベとして発表されました。しかしその直後、園芸界を揺るがす強烈な個体のアガベが現れます。

コードネーム「FO-076」の出現
メキシコの自生地を調査していたフェリペ・オテロ(Felipe Otero)氏が、オアハカ州のシエラ・ミクステカ周辺で、これまでにない株群を発見したのです。
発見した自生株に付けたフィールドコード(採集番号)が、アガベ愛好家を熱狂させる暗号のような言葉「FO-076」でした。
FO-076というのは
- FO:フェリペ・オテロ(Felipe Otero) 氏が
- 076:採集した076番目の記録
という意味です。
このFO-076は、ジェントリー博士が発見したチタノタとは異なり、葉が極太で肉厚、鋸歯は幅広でうねりがある上に、成長点あたりのトゲは連結してバリのようになり、荒々しさを感じさせる形をしていました。
当時はこの発見されたアガベに新種としての名前が無かったこともあり、これらは「チタノタ FO-076」として世界中の園芸市場へと出荷されていきました。
するとFO-076の放つワイルドで圧倒的な存在感は、世界中のアガベ愛好家を魅了してしまいました。白鯨、シーザー、ハデスなど、現代の日本の園芸において大ブームを巻き起こしている品種の多くは、FO-076の流れを汲む個体たちです。
そしてあまりにもFO-076からくる品種のインパクトが強すぎたため、園芸界ではいつしかチタノタといえばイカついトゲでうねった緑の株のアガベだという認識が定着してしまいました。ジェントリー博士が発見した本来のチタノタよりも、後から来た変異タイプの方がチタノタの代名詞になってしまうという、面白い主客逆転劇が起きていたのです。

私自身、ずっとこのFO-076を本来のチタノタだと思っていました。

名前を取り戻した37年目の決着
この長年の混乱に終止符が打たれたのが、2019年でした。
植物学者のグレッグ・スター(Greg Starr)氏らの研究により、シエラミクステカに自生するFO-076群は、本来のチタノタとは自生環境も形態も異なる別種であると正式に証明されました。
そして新種として記載された際、学名には最初の発見者であるフェリペ・オテロ氏へのリスペクトを込めて、「Agave oteroi(アガベ・オテロイ)」の名が授けられたのです。
しかしFO-076と呼ばれていた株たちは、純血のチタノタの偽物だったわけでも、別物だったわけでもありません。37年の時を経て、自分自身の本当の名前であるオテロイを勝ち取ったということなんですね。
もし、あなたがお手元で育てている株のタグに「チタノタ」「オテロイ」「FO-076」といった文字が並んでいたら、ぜひその葉の広がりやトゲの表情をじっくりと観察してみてください。
上品な青肌と整った鋸歯を見せてくれる「本来のチタノタの血筋」なのでしょうか。荒々しいトゲとうねりで魅了する「オテロイ(FO-076)の原点血統」なのでしょうか。
分類が整理されたことで、チタノタとオテロイのそれぞれの魅力や面白さはむしろ何倍にも広がりました。植物学的な歴史のドラマを知ると、毎日の水やりや愛でる時間が深いものに感じられるはずです。



